こんにちは。
高崎ものづくり技術研究所の濱田です。
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人に備わっている熟練技能は明文化できないといわれています。しかし熟練技能は、明文化が可能な「技術」と、明文化が困難な「勘コツ作業」とに分けられます。熟練技能の継承を行うには、「技術」についてはマニュアル化を行う、「勘コツ作業」は人に備わっているため熟練技能者自らが伝えていかなければならないのです。
1.熟練技能者の持つ技能とは何か
中小製造業では、世界一の品質を支えてきた熟練技能を継承させ、更に高品質な製品を生み出していくことによって、特定市場において高いシェアを確保することが可能となります。日本の製造業はこのような技能を生かし差別化を図っていくことが求められることから、熟練技能の継承は中小製造業にとっては最も重要な課題となっています。しかしこの取り組みは現場任せとなっており、十分とは言えないのも事実です。
(1)技能とは
技能とは人間が備え持つ能力や技であり、それを使って仕事などを行う人を技能者と言います。能力はその人に備わっているので、直接見ることはできません。見えるのは作業している状態と作業の結果だけです。
技術は自然の法則を解明しそれを記述することによって伝達されます。技術は技を図面や文書で記録したり、映像で伝えたりするように何かに置き換え蓄積することができます。
しかし技能は技能者自身がもっている能力に基づく行為を表し、彼らが独自に経験で築き上げたものであるため、その人のみに宿っているものです。人以外は蓄積できないため、唯一人から人へ伝承することで継承され維持できます。媒体に蓄積し、継承する技術とは違いは歴然としています。
人は技能を更に高めようとするとき、さまざまな工夫をすると共に全身全霊を傾け、達人の域に達します。達人は技に優れているだけでなく人として優れることと無関係ではなく、人の成長と技能の発展とは密接な関係があると言えます。
つまり、熟練技能とは、自分自身がその仕事に対して、どう向き合って来たのか、そしてその結果得られたものは何かを形に表したものであり、形だけ見て真似ようとしても習得できないのです。
(2)機械化でより複雑になった熟練技能
技能は目で見ただけでは伝達できないため、人間を介在させて伝承していく方法しかありません。最近では動画によって様々な教育訓練ツールが作成されるようになりましたが、肝心の勘・コツを動画で表し伝えることは非常に難しい作業と言えます。
大工・建具師など手工業の職人や寿司職人など昔からの職人と、現在の優れたた金属加工技術を有する熟練技能者には、技能習得までの過程は共通したものがありますが、江戸時代のように、弟子入り制度はありませんから、技能の伝承はより困難になっています。
また、多種多様な機械やシステムが導入される工場では、熟練技能者はそれらの機械やシステムを扱わなければならなくなっており、例えばCAD/CAM設計者は、機械加工に関するノウハウの持ち主であることが求められるようになってきたため技能と技術の垣根が不明確になってきているのも事実です。
2.熟練技能をどうやって継承させるか?
1項で整理した通り、マニュアル化が可能な作業については、作業要素ごとに作業方法、手順の標準化を行い映像や写真などを駆使したマニュアルを作成し、それを基にした教育訓練を実施します。またマニュアル化が難しい作業は、熟練作業者自らが、実際の作業を行いながらの教育訓練を実施します。
しかし、熟練技能者には、技術と技能を明確に分離することや、またそれぞれを伝承するためのスキルを持っておらず、また伝承することの重要性を理解していない場合が多いと考えられます。経営者としても重要性を感じてはいるものの、具体的にどのような方法で伝えていけば良いか明確な考え方を持っていません。
そこで、熟練技能の行動や作業の分析を行って、マニュアル化が可能な作業とマニュアル化が難しい作業の分離を行い、それぞれについて伝承していくための手順について考えてみたいと思います。
(1)熟練技能者の行動を分析すると意外な結果が
熟練技能者の作業の様子をよく観察すると、決まった手順で行う作業と、勘・コツの必要な作業に分けられることが分かります。実は熟練作業の内訳は90%以上が繰り返し作業+選択作業であり、熟練技能者にしかできない勘やコツを要する作業は10%以下であるという意外な結果が筆者の実施した調査により判明しています。以下にその一つの事例を示します。
加工機械による精密切削加工においては、決まった手順で行う作業(繰り返し型作業)として、図面の準備、材料の切断作業、段取り作業、中間検査、バリ取り作業、洗浄作業、測定作業、完成検査、機械の点検・清掃などがあります。これらの作業はマニュアル化が可能であるため初心者でも訓練を積むことで作業を行う事が可能となります。
マニュアル化が難しい作業としては、例えば加工条件導出作業があります。
ワーク(材質・形状)に対して工作機械の特性(クセ)、切削液・工具の選定、切削条件(最適送り速度、回転数)をどのような組み合わせで行うのか、その複数の要素の組み合わせは無限大に存在します。しかし、与えられている制約条件のもとで、最も高いパフォーマンスが出せるように工具を選定して切削条件を最適化していかなければならず、それは長年磨き抜かれた感覚(勘)や、優れた技能(コツ)により製品を作り上げる熟練作業になります。
更に深い経験や知識を基に、新たなモノやしくみ、アイデアを生み出すことも熟練技能者として必要になってきます。
そこで、まず全体の作業を決まった手順の作業と勘・コツ作業に分けます。これには多少時間が掛かりますが、作業の観察と熟練技能者へのヒヤリングを行いながら進めます。これには技能継承の必要性を説き、協力を得るための努力と工夫が必要となります。
(2)マニュアル化のルール
マニュアル化が可能な作業でも、熟練技能者の作業をマニュアル化することは難しい作業です。そこで、熟練者がマニュアルを作成するのではなく、むしろ作業を熟知していないが、物事を科学的に分析できる能力を持った第三者によって、熟練者の意図をくみ取りながら作成し、その内容で実際に作業し検証を行います。また、熟練者の作業をビデオ撮影し、熟練者と一緒にそれを見ながら共同でマニュアルを作成、実際に作業を実施し、突合せを行う方法も有効と思われます。
一般的に、現場では、マニュアルを見ながら作業を行うことはありません。作業の内容、手順は事前の教育訓練によって頭の中に入っていなければならず、そうでない場合には、生産性が低下し、ミスも誘発します。もしどうしても、現場に貼りつける必要がある場合は、簡単な手順フローや、注意事項を箇条書きにするなど、見やすいものに限定します。
3.OJTのルール
マニュアルで表すことが難しい熟練作業は以下のものがあります。
①長年の経験で、体の感覚で会得した微妙な判断「勘」を伴う作業
②訓練された芸術的な感覚や運動能力「コツ」を必要とする作業
「勘」を伴う作業としては、手で持った感触で物の重さの違いをグラム単位で判定したり、炉の適正温度を炎の色で見分けたりする作業が該当します。これらは、長年にわたって体験・経験を繰り返すことによって微妙な違いを瞬時に判断できる能力です。この場合、微妙に異なる重さのサンプル品を準備してその違いが判るまで訓練する、またセンサーで温度を測定し、その時の色を写真に残し、温度と色の関係を覚えるなど、いくつかの条件を分類、整理してラベリングを行います。
また「コツ」を伴う作業は、どのように作業すれば失敗せずに、しかも早く良い結果が得られるのか」を極めたもので、微妙な力の入れ具合、手の動きの変化などの体で覚えている条件をいくつかのパターンに分類し、映像などで表現できればある程度「コツ」を伝えることができます。あとは繰り返し訓練することが必要で、習得できるかどうかは本人の努力次第ということになります。
このように、複雑に見える勘コツ作業を一つ一つ分解することと、「見える化」することによって「勘コツ訓練ツール」を作成することが可能になります。勘コツ作業は、複雑に見える作業をいくつかのパターンに整理し、単純化することで伝承が容易になると考えられます。
しかしながら先人は、長年にわたって失敗を繰り返しながら今に至ったのであって、一通りの技能の教育が完了したからと言って、すぐに先人と同じようにできるようになるとは限りません。この場合、段階的なOJT実施計画に基づいて、作業を教え、実際に作業をさせて、結果を評価することを繰り返しながら、自立して作業ができるかどうかを見極める必要があります。
特にどの作業で、どんなミスを犯しやすいのかを良く観察し、正しい作業ができるまで集中的に繰り返し教える必要があります。その場合重要なことは「こうせよ(HOW TO)」よりも「なぜそうするのか(KNOW WHY)」を理解させることです。
特に熟練技能者がその仕事に対して、今までどう向き合って来たのか、そしてその結果得られたものは何かを含めて伝え、更に熟練技能を磨き上げていくことの重要性を理解させます。